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『お食い締め』の時代

2025/06/17

こんにちは、plus-STの渡邉です。

みなさん、『お食い初め』は聞きなじみのあることばかと思います。

赤ちゃんの生後100日頃に、「一生食べるものに困りませんように」との願いを込めて行われる儀式です。

実際に食べることはしませんが、それぞれに願いの込められたお料理を食べさせる真似をしますよね。

 

では、『お食い締め』は聞いたことがあるでしょうか?

今回はこのお食い締めについて扱った漫画を紹介します。

お食い締め 口から食べられないアナタへ

すべての生物はいつかは食べられなくなる運命にある――漫画『お食い締め 口から食べられないアナタへ~言語聴覚士が見たそれぞれの選択~』4月25日(金)連載開始! | 株式会社竹書房のプレスリリース

 

漫画のタイトルは、お食い締め 口から食べられないアナタへ ~言語聴覚士が見たそれぞれの選択~です。

さまざまな理由により最期の食事を迎える人たちの姿を、言語聴覚士の視点で綴ったコミックエッセイです。

2025年4月25日からコミックエッセイ せらびぃにて連載されているので、ご存知の方も多いかもしれません。

 

原案・監修は、愛知学院大学教授・博士(歯学)・言語聴覚士・認定心理士の肩書きを持つ牧野日和氏で、人生を締めくくるための『お食い締め』提唱者でもあります。

食べることの専門家として、1度触れてみたい内容です。

「当たり前」のない世界で

キャッチコピーにある「すべての生物はいつかは食べられなくなる運命にある――」のことばを見たとき、わかっているつもりではいましたがドキッとしました。

食事が摂れることって、どうしても当たり前になりがちだと思います。

 

わたしは意識が高いタイプでもないので、たとえばオーガニックがどうとか添加物がどうとかという部分よりも、おいしくおなかを満たせればOK!というスタンスです。

わが子たちについても同じで(もちろん口に入るものなのである程度は気にしますが)、栄養バランスよりも優先するのは「量を食べること」。

とりあえずお昼の給食まで脱水にならずに外を走り回れるだけの食事はなんとか食べさせよう…

ひとまず明日の朝低血糖にならないように一晩眠れるだけの食事は食べさせよう…

を繰り返している状態です。

 

だからこそ、「いつか食べられなくなる運命」というフレーズを見たとき、『食べる』ということを疎かにしすぎていないかとドキッとしました。

無理のない範囲・持続可能な範囲ではありますが、このキャッチコピーだけでも、食事との向き合い方を改めて考えるきっかけになりました。

臨床での学び

さいごに、わたしのお食い締めに関する体験を共有します。

臨床経験10年以上のなかで、複数の方のお食い締めに立ち会いました。

ここには、「これが最後」だとわかっていた場合も、結果的にあれが最後だったと振り返ることになった場合も含まれます。

今回はそのなかから、「あれが最後だった」と振り返ることになったエピソードを共有します。

 

 

その方は、とても元気なおばあちゃんでした。仮にAさんとします。

療養病棟に入院中でしたが、いつもにこにこ、どの職員に対しても丁寧で、やや認知症は進んでいましたが、だれからも好かれる優しい女性です。

 

その日も、いつものように若い介護士に車椅子を押してもらい、夕食を摂るために食堂に出て来られました。

他の方の食事評価をするために食堂に出ていたわたしは、先に評価を終えてAさんのテーブルに寄ります。

「いつもありがとうねぇ、ご苦労さんねぇ」とにこにこ笑うその笑顔に、仕事の疲れも吹き飛んだことをよく覚えています。

「今日のごはんもおいしいよ~」「わたしは元気だけが取り柄だからね~」が口癖で、入院していることをわかっているのかいないのか、とにかく笑顔がしみついていました。

「はやく帰って休みなさいね、また明日ね」とほほえむAさんに、「まだカルテ書かなきゃいけないんです~、また明日来ます~」とわたしもつられて笑顔で手を振ったのが、Aさんとの最後のやりとりでした。

 

Aさんは翌朝、夜が明けきる前に急変、帰らぬ人となったのです。

 

わたしたちリハスタッフは、出勤して、Aさんのベッドがないことに驚愕しました。

こういった驚きはこの後何度も経験することになるのですが、わたしにとってはAさんがはじめてだったと記憶しています。

リハスタッフのなかで、さいごにAさんとことばを交わしたのはわたしでした。

おいしいごはんを頬張りながら、にこにこと手を振るAさんの姿は、今でも忘れられません。

 

特に言語聴覚士だからと立ち会ったわけではありませんし、わたしの判断によってAさんの運命が左右されたわけではありません。

ですが、この経験が、「この判断が命取りかもしれない」「この違和感を放置したら大変なことになるかもしれない」、そして何より、「これが最後かもしれない」という慎重さをわたしに植え付けてくれたように思います。

 

口から食べずとも命が繋がる時代になったからこそ、お食い締めの儀式は今後ますます重要な意味を持つかもしれませんね。

執筆者:渡邉睦美(言語聴覚士)

このコラムでは、臨床や経験に基づくこと、豆知識、問題提起など様々なトピックを扱います。
執筆者は企画の和久井のほか、色々な職場・働き方・ジャンルで活躍されている言語聴覚士に依頼していく予定ですので、リクエストもお待ちしています。
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